【はじめに】全文公開!『ドナルド・トランプ 黒の説得術』


はじめに

ドナルド・トランプについて興味はあるけど、わからない。暴言ばかり言っているのに、なぜ人気があるのか、彼が大統領になったら、日本、世界はどうなるのか。わからないことだらけだ。

本書はそんな人のために書いた。
筆者も最初はその一人だった。

世の中でいろいろなトランプ解説がなされている。しかし、そうした情報に接すれば接するほど、ますますわからなくなる。なぜか。トランプの本質がわかっていないからだ。

トランプの演説や討論会をくまなく見ていった結果、その答えがわかった。

トランプは、「話術」のとんでもない達人であり、「説得術」のとてつもない天才なのである。

どこがそんなにすごいのか。

彼が駆使する技術があまりにも自然で、巧みすぎ、誰もそのすごさに気づけないぐらいのレベルに達しているのだ。

だから、誰もトランプがアメリカ大統領候補になると予測できなかったのである。

トランプは、予想に反して共和党予備選を勝ち上がり、アメリカ大統領候補に名乗りを上げた。しかも、乱立した候補者の中で断トツの投票数を獲得した。その数1330万票で(2位は760万票、3位は420万票)、ブッシュが2000年に記録した過去最高の1190万票を100万票以上も上回った。トランプは共和党の歴史上、最も人気を獲得した人物なのだ。

説得術を強みにしたトランプ人気は、従来の政治評論やメディア報道といった手法では、正確にとらえることができない。

トランプのすごさは、オバマ大統領の話術と比較すればよくわかる。世界中から演説の達人と絶賛されてきた、あのオバマである。

オバマは説得力によって感動させ、聞き手の心に影響を与えていく。それに対し、トランプは聞き手がまったく知らぬ間に影響を与える。耳に入るトランプの話はバカげていて、とても説得力があるとは思えない。感動さえしない。にもかかわらず、無意識にうちに聞き手の心に忍び込んでいき、気づいたときにはトランプの虜になってしまう。

どちらのほうが恐るべき話術かは、答えるまでもなかろう。トランプ説得術は別格なのだ。

「気づかれない」「知らぬ間に」は、トランプ説得術における真髄である。読者も本書を読んで、その隠された数々の技法を自由自在に操られるようになれれば、人前で話す際、論理矛盾や説明不足も問題でなくなる。暴言やバカ話もしたい放題である。なのに、無意識のうちに相手を説得できている。

このトランプの〝黒の説得術″のテクニックを公開、解説するのが本書の目的である。

詳しくは本文で紹介するが、トランプが駆使する技術の基本原理はじつにシンプルだ。古代ギリシアから伝わる弁論術、現代の心理学、言語学、最新のブランド理論、自己啓発思想などの教えを独自に組み合わせ、トランプはそれを愚直に実践している。

こうした本書が解説していく技術は、日常生活でも役に立つ。効果はすでにトランプが示しているからだ。一般人のわれわれは大統領と違って、何千万人の支持や人気を得る必要はない。身近な数人や多くて数十人を説得する術が得られれば十分である。

そのためには、本書で示すトランプの技術のごく一部でも実践すればいいだけだ。

たとえこのテクニックを積極的に使わなくても、トランプの説得術を少しでも理解することは人生にとって重要だ。

日常生活でも職場でも、トランプのように知らぬ間に人の心に入り込む人物がいる。ばかげた言動を繰り返しているのに、周りがどんどん影響されてしまう。ついにはあなた自身もその軍門に下ってしまう。挙げ句の果てには、世界が混とんとしていて、自分がその混乱の真っただ中にいるように感じられるようになる。そんな人生、お先真っ暗だ。

そうならないためにも、少なくとも影響を与える側の話術、説得術を知っておけば、護身術として使える。たくましく生きていくための必須スキルである。

しかし、日本でトランプといえば、暴言や毒舌ばかりが取り上げられ、きわめて評判がわるい。取り上げられたとしても「トランプが大統領になったら日本はどうなってしまうのか」といった不安視する論評ばかりだ。

そう思っている時点ですでにトランプ術中にはまっている。トランプが悪口を言うのは、自分の存在感を高めるために用いる、彼独自の〝悪口″説得術テクニックであり、またわれわれが不安を抱いてしまうのはトランプ得意の〝脅迫論証″話術を駆使した成果がでているだけだ。

このように、トランプは大統領になる前から、世界中に影響を与えている。

トランプの狙いどおりである。「知らぬ間に説得できる」ことを狙って意図的に発言しているのだから、当然だ。言っていることの中身など、じつはたいした問題ではない。そもそもトランプの発言の「70%が事実にもとづいていない」ポリティファクト調べ、2016年9月26日現在)のだ。

トランプの術中にはまらないために、5つのポイントがある。

第一に「感情を支配する」技術を理解することだ。1章において、トランプが大統領選の討論会でみせたそのスキルの全体像を解説する。

「人間心理の理解力」も重要だ。2章ではトランプの説得術に隠された心理テクニックをひもときながら、実際の話術を解析していく。

人を説得するには綺麗事だけでは済まされない。それが3つ目のポイントだ。トランプがもっとも得意とする〝黒の″説得術である。その核心に迫るのが3章4章だ。トランプは悪態の名人である。政敵ヒラリー・クリントンをはじめ、政敵に浴びせてきた数々の悪口や嫌なあだ名を解析する。4つ目のポイントは、黒い説得術の背後にある。あだ名ひとつ付けるにしても、トランプは緻密なマーケット調査と戦略的ブランド構築のプロセスを怠たらない点だ。

5章では、トランプの「黒の説得術」の源をたどっていく。暴言や悪態といったネガティブな印象とは裏腹に、その秘密は彼の超ポジティブ思考法がベースにある。ポジティブ思考とネガティブ発言の相関関係を理解することで、説得・支配する側の人間の心の闇がみえてくる。

最終章では「新たなトランプ像」に迫りたい。

しかし、カオスのような現代世界を生き抜くには、カオスのようなトランプ説得術こそが本領を発揮する

本書をじっくり読めば、トランプについての見方が変わるだけでなく、その老練な説得術を身につけられる。そして、これまで信じていた世界の見方さえも変わるかもしれない。

 

浅川芳裕『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(2016)東京堂出版 から転載

弁論術 (岩波文庫)
アリストテレス
岩波書店