「TPP反対」というスローガンを有効に使っている農政


2013.2.20

日経ビジネスONLINEより転載


日本政策学校代表理事の金野索一です。

「日本の選択:13の論点」と銘打ち、日本において国民的議論となっている政策テーマを抽出し、そのテーマごとに、ステレオタイプの既成常識にこだらず、客観的なデータ・事実に基づきロジカルな持論を唱えている専門家と対談していきます。
政策本位の議論を提起するために、1つのテーマごとに日本全体の議論が俯瞰できるよう、対談者の論以外に主要政党や主な有識者の論もマトリックス表に明示します。さらに、読者向けの政策質問シートを用意し読者自身が持論を整理・明確化し、日本の選択を進められるものとしています。

今回は農業政策をテーマに農業技術通信社専務の浅川芳裕氏と対談を行いました。浅川氏はまず「人類に占める食料生産をする人口の割合が減少して、人類は豊かになってきた」と語ります。対談の中で、食糧自給率について「昔から金額ベースの食糧自給率は存在し、ずっと8割、7割で推移していましたが、ある年、突然4割になっているのです」と語り、日本独自のカロリーベース計算が恣意的に作られたことを指摘しています。2008年には食糧自給率を上げることを旨とする閣議決定がなされ、そのため2009年の選挙の時には、自民党から共産党まで全政党が、自給率をマニフェストに打ち出しています。

浅川氏は関税について「日本の現状は、米の関税が778%、小麦が252%、バターが360%です。何か食品をつくるといったら、まず穀物や乳製品が必要」と語り、食品産業が適性品質のものを適正価格で買えず、不当に高いものを買わされていると主張します。TPP反対派の最大の理由が賛成理由だと皮肉ります。浅川氏ならではのデータに基づいた議論を出発点に、読者自身が日本の選択を進めていければ幸いです。

(協力:渡邊健、宇山大介、太田陽一、小林美貴子)

●農業の生産性向上で人類は豊かになった

金野:まず日本の農業の現状と、農業政策における浅川さんの総論的な認識をお話しいただけますか。

浅川:まず、人類に占める食料生産をする人口の割合が減少して、人類は豊かになってきたということです。基本的にこの事実を認めていないのが農業政策であり、減少する農業人口をいかに増やすか、というのが議論の入り口であるところに問題があります。具体的にいえば、江戸時代であれば4人に3人が農民という割合が、戦後は4人に1人ぐらいになり、現在では、兼業農家を含めても100人に3人の割合です。

農業生産性の向上のおかげで、97人が農業に従事せずとも、食料を心配せずに自分の役割を果たせるようになった。

金野:3人で100人分をつくれるようになったという意味で、豊かになったというお話ですね。

浅川:この点を認識しなければ、我々はできるだけ農業に従事した方がいいという話になり、生産性を減らしていこうというのは、社会主義や共産主義以前の話になってしまいます。4人に3人が農家だったと時代は逆にいえば、3人の農家に対して1人の消費者しかない。それで儲かるはずがありません。

先進国の食の将来を担う10代、20代の農業者の比率を試算したところ、1000人に1人です。1人に対して999人のお客さんがいる時代が到来しているのです。99.9%は農耕技術を失うなか、現在、生き残った農家はまさにエリート中のエリートです。

金野:非常にわかりやすい話ですね。農林水産省なり今の農業政策に携わっている方たちは、まず農家の減少が悪いことではなく、本質的には豊かになったということを自覚しないといけないのですね。
そうなると、農業問題に対する出発点が大きく間違っていることなりますね。彼らは、農家をむしろ増やすための政策を立てています。

浅川:そもそも農家が他の職業につく人より貧しいという貧困問題を、社会的な富の再分配によって解決をはかろうというのが、先進国における農業問題です。が、農家の平均世帯所得が一般の平均世帯所得を超えてしまったことで、問題は解決したといえます。しかし農水省などの論理からいうと、組織は肥大化するので、本来問題といえない問題を演出して、組織を維持するための仕事としてしまっているということです。

●そして、農家も豊かになった

金野:まさに自分たちのレゾンデートルの世界ですね。今おっしゃった、農家の平均所得が一般の平均所得を上回ったというのは日本の話ですか。

浅川:先進国の一般の世帯所得を見たとき、日本の平均を100とすると、日本の農家は、多分120ぐらい、アメリカは150ぐらいです。これは純粋所得だけの話ですが、農地や設備、納屋、持ち家等の資産も含めて考えるとサラリーマン家庭より圧倒的に多いです。

金野:一般100に対して120というのは、いつからでしょうか。

浅川:1980年代です。だから、その時点で農業政策は終わっているはずなのです。経済学的にも証明できます。要するに、高度経済成長が起こると、最初にまず食費が増えます。ですから国民所得が上がると農業所得も上がります。国による米価への補てんなど、所得再分配政策もありました。

金野:つまり最近、全体の所得が落ちたから農業が上回ったというのではなくて、80年代には本質的に追い抜いているわけですね。

浅川:米の専業でいえば世帯所得で大体1000万円ぐらいですから、ここだけをピックアップすれば、多分平均より多いと思います。確かに兼業農家まで含めれば、国が示す低い所得水準になりますが、サラリーマンの兼業農家は、勤務所得+農業所得ですから、当然一般人より所得が高い傾向にあります。

それに農業は家業だから、副業規定が認められています。つまり家業がない公務員と家業がある公務員であれば、農業している公務員の所得の方が高くなります。

●付加価値生産性を基準にしない日本の農政

金野:先進国における農業人口の減少は、共通だと思いますが、農業政策に対する視点は日本独自のものですか。

浅川:日本独自です。

金野:そうすると他の国における農林水産省のような役所は、どのような視点をもっているのでしょうか。

浅川:米国やEUにおいては、基準として、1農業従事者当たりの付加価値生産性を見ています。農家1人当たりの付加価値額が上がれば、農家と農業が豊かになるということです。

金野:日本では、農業というテーマには、産業としての視点が欠けているということですね。

浅川:そう言えますね。実は、農業も、現場には産業視点が存在し、私の発言も意見ではなくて、事実になります。

金野:日本の農政が産業の視点を外すというのは、1つの利権なのでしょうか。

浅川:利権ではなくて、農業というものを美化している。例えば、自分の故郷の人口が減るのは寂しいというノスタルジアは、どこの国にでもあるわけです。しかしノスタルジアを国家政策にする必然性は決してないのです。

金野:もう1つ、注目されているところで、食糧自給率の計算の方法が上げられますが、この辺りについてもお聞かせください。

浅川:はい。私がこの食糧自給率におけるからくりに気づいたのは、戦後の農業白書を眺めていた時です。

昔から金額ベースの食糧自給率は存在し、ずっと8割、7割で推移していましたが、ある年、突然4割になっているのです。そこでこれはおかしい、この年に何があったのかと疑問を持ちました。80年代の、今のTPPの前段である、日本とアメリカの牛肉・オレンジ交渉の時です。自由化にすると日本はいつか食料が足りなくなって日本人は飢えるという構図を示す数字を発表して、国民を反自由化に導こうとしたものです。算出方法が、80年代のどこかで金額からカロリーベースに変わっていたのです。

●カロリーベースの食糧自給率はなくさなければならない

金野:それで一気に40%に低下していたわけですね。

浅川:もっと正確にわかりやすくいうと、40%になるような計算式をつくったのです。本当によくできていて、日本人の心理を突いています。例えば、60%と言われると、何とか大丈夫な感じがします。あるいは、エネルギー自給率のように5%、4%と言われると、日本は国土が小さいし、仕方ないという感じになります。そこで、現在4割で、何とかすれば5割に行くという、日本人が好きな4割を提示するのにもっともらしい式をつくり出したのです。

さらに1999年には、農業基本法に代わって、食料・農業・農村基本法が制定され、2008年には、農水省にその担当課となる食料安全保障課が作られ、食糧自給率を上げることを旨とする閣議決定がなされます。そのため2009年の選挙の時には、自民党から共産党まで全政党が、自給率50%だ、60%だ、100%だとマニフェストに掲げたのです。

農業には、「低い食糧自給率」「高齢化」「後継者がいない」「農業はもうからない」「耕作放棄地がふえる」のネガティブワードがあります。この5つのキーワードから導き出せるのは、いずれ農業の生産性が下がるので、生産量も減る、そして食料の値段が上がり、国民が飢え、世界中で食糧危機が起き、輸入もできなくなる、もっと言えば中国に買い占められる。終末論を政策の基準に置いてしまうと、もう何もできません(笑)。

食糧自給率に潜むこのシナリオを一般の農家まで浸透させることは難しいです。しかし、ある程度、売り上げが3000万円から5000万円以上の農家には大きな反響がありました。なぜかというと、野菜をつくっていたらカロリーはないわけでしょう。

また、豚を1000頭以上飼っている農家があったとして、経済合理性を考え、えさを全部輸入していたとします。そうすると、1000頭飼って、100人ぐらい雇っていていても、自給率はゼロです。

金野:それもすごいカウントの仕方ですね。

浅川:だから、自給率という指標をまず政策の中からなくさないといけないのです。そのために、まず食糧自給率のからくりについて提示しました。

その結果、参院選では自民党が外しました。政権交代して民主党も少しずつですが、減らしています。農水省のホームページ検索で過去1年間、食糧自給率という単語が何回出てきたかを調べると、毎年大きく減少しています。

ただ、最後の押さえのところで、TPP反対運動でいうと、農水省は自給率40%が13%になるけれども、それでもTPPに賛成しますかと切り出します。

ですから、国策として農業基本法の中から、カロリーベースの食糧自給率を向上させる文書をなくす閣議決定をしないと、農水省は永遠にこの単語を使うでしょう。

●TPP以前に、関税は下げるべし

金野:少し本質的な問題からは外れますが、TPPは、基本的には賛成されているということでしょうか?

浅川:賛成というか、当然です。

2つの言い方ができると思いますが、TPPがなくても自分から関税を下げていけばいいですから、なくてもできるともいえます。

イギリスでは、1846年に穀物法を廃止して、フランスやドイツから自由に穀物を買えるようにしました。それによってイギリスの農業は得意分野を発揮できるようになり、繁栄しました。日本の現状は、米の関税が778%、小麦が252%、バターが360%です。

つまり工業でいえば石油や、半導体、鉄を、他の国が100で買っているとしたら、日本は200、300、400で買っていることとなります。こうなるとその産業は栄えないというか、これだけ日本人が日本の食事はおいしいと言っているのに、世界に輸出できない、普及しないということになります。農産物の関税がなくなるというのが、TPP反対派の最大の理由ですが、私にとってはそれが一番の賛成理由です。なぜなら関税がなくなることによって食品が作りやすくなるからです。

金野:食品ビジネスの上での原料が安くなるということですね。

浅川:安くなるというより、適性品質のものが適正価格で買えるということです。今が不当に高いということです。わかりやすい例でいうと、世界で一番小麦の輸入が多いのはどこかというと、イタリアで700万トンぐらいを輸入しています。小麦といったら、彼らのパスタの原料です。日本でいえば、米を全部輸入しているようなものでしょう。人口が日本の半分ですから、日本人が食べる米の倍ほどを輸入しているのです。

どうしてかというと、彼らは自分たちのパスタという食文化を世界に広めているからです。世界もイタリアが食文化という付加価値をもって買ってくれるから、イタリア向けに作り、イタリアに多く売るのです。それによって、イタリアの小麦の生産量が減っているかというと、過去10年間で輸入が200万トン増え、生産量も100万トン増えています。つまりパスタの輸出が増えているということです。

アメリカのジャガイモも同じです。アメリカは世界最大のジャガイモ輸入国であると同時に、世界最大のフレンチフライ輸出国なのです。結果、国内のジャガイモ農業は右肩上がりなのです。

対する日本はコメも小麦もジャガイモも輸入規制しているのに、国内生産は右肩下がりです。市場を国内に限定して、発展して産業はないのです。

本来、日本のような食品加工が発達した先進国では、市場をオープンにすれば、輸入が増えれば増えるほど、輸出が増えるのが「世界の常識」です。日本人が好む「自給自足」という利己的な世界観をそろそろ脱し、農業でも「他給自足」「自給他足」のフェアな精神で世界に貢献すべきときでしょう。

●食料貿易の多様化が最善の結果につながる

金野:先進国になればなるほど価値観が多様化するから、それが成り立つわけですね。

浅川:先進国間の貿易というのは同じ産業でも多様化する。
米もそうです。日本は瑞穂の国と言いながら、日本では、他の国の米を食べられないというほど多様性が欠如しています。

金野:では、これから日本はTPPを、日本のためになるようなルールにしていく交渉力が大切ということでしょうか。

浅川:TPPの一番のボトルネックが農産物の関税の撤廃です。僕は撤廃すればよくなるという主張だから、交渉に参加しなくても、結果的には一番いい成果が得られます。

金野:交渉力は必要ないと。

浅川:必要ないから、反対派に別に交渉力は弱くてもいいと抵抗もできます。そうすると、次に山河が、故郷がなくなるとか、そういう情緒的な反応が来ますが、そんなことはありません。EU諸国内は関税撤廃していますが、それぞれの国で独自の農業が健全に発展しています。

ただし、下げ方は10年から20年かけて、年率5%から10%ずつゆるやかに実行することが重要です。そうした政策を長期コミットすることで、農業者は将来の方向性を読み取り、自立的な経営判断ができるようになる。

●飢饉が起きるのは自給自足農業

金野:一方で、農業の問題でよく出てくるのは、地産地消と、配送エネルギーの問題もありますがそのあたりについてはいかがでしょうか。

浅川:フードマイレージとか、バーチャルウォーターのお話ですね。

まず、地産地消というのは100%リスクの世界です。ですから人間の飢えや、飢饉がどこで起きるかというと、自給自足農業で起きます。換金経済において、自給自足農業以外で飢饉が起こることはほとんどありません。自給自足農業はリスクが一番高い上に、実は環境にも負荷が高いです。

金野:環境に対する負荷が一番高いとは、無理をしているということですか。

浅川:単純にいうと、生産地から消費地までの距離×重さです。それが重ければ重いほど、マイレージが高ければ高いほど、環境負荷が高いというのがフードマイレージの素朴な理論です。果たしてそうかというと、アメリカでトウモロコシをつくります。そこから日本に持ってきたとして、重さ×距離であれば言っていることは正しいですが、問題としている点は環境負荷です。アメリカ産トウモロコシにかかった燃料はどれぐらいか、二酸化炭素排出量はどのぐらいか、畑から港へ、港から船で持ってくるまで必要とした燃料などすべて換算し、それを日本の畜産場に持っていって牛が食べるのと、国内のある地域で供給する場合とを比べるとどうか。結局、アメリカ産を輸入する方が環境の負荷が低くなるのです。

またテレビでは、バーチャルウォーターについて、小麦1kgを輸入すると、間接的にそれと同じだけの水を輸入することになると言っていますが、これも単純な話です。

水は、雨が降って農業で使われなかったとしたら、そのまま流れていくのを、決して水を盗んでいるわけではありません。バーチャルウォーターの一番の主張は、ほかの国から水を奪っているという点ですが、その水を使って彼らは稼いだわけですから、何も問題はないという話です。国策にはなっていませんが、バーチャルウォーターを減らそうとする考えは危険です。

●「地産地消や有機栽培=環境負荷が低い」は間違い

金野:そうなると、いわゆる地産地消というのも客観的によく考えないといけないでしょうか。

浅川:その場所で1年中作れるものをずっと食べ続けることが、健康に良いという説がありますが、それは、たまたまその地域の土質が非常によくて、そこのミネラルのバランスが非常に良い場合に言える話です。そういう土地柄に生まれた人はいいですが、カルシウムが欠乏している土地などでは、ずっと食べ続けることでカルシウム欠乏症になると思います。

地産地消が良いという考えは、国民1人当たりのGDPが2万5000ドルぐらいを超えると出てくる。1万5000ドルを超えるとマックが出てくるでしょう。その前の1万ドルぐらいの段階でポテトチップが売れ、3万ドルを超えるとオーガニックが出てくる。要するに、今は、食べ物は生命を維持する以上のプラスアルファを求める価値観が所得の向上とともに出ていくといえますね。

金野:先ほどの環境への負荷という視点からの地産地消を考えると非常に疑問がありますが、今言われたように、オーガニックや食の在り方に再びフォーカスするという意味では、地産地消もバランスが重要だということでしょうか。

浅川:ただ、オーガニックだから必ず安全だという等式にはなりません。有機堆肥を畜産の糞尿でつくっても、それがちゃんと完熟していない場合もあります。繁殖した菌が野菜について、生命に危険を与えるケースさえあります。残留農薬などケミカルリスクで死ぬことなどありませんが、バイオリスクは致死率が高い。

最近でも、未熟たい肥が原因といわれる、「浅漬け」食中毒事件で7名がなくなりました。

●政策をできるだけなくすことが理想

金野:浅川さんが理想とする日本の農業のあり方となると、どうなりますか。

浅川:政策をできるだけなくすということですね。

金野:政府が余り関与しないということですか?

浅川:ただ関与しないほうに持っていくことは結構大変なことです。

具体的にいえば、1つは減反の廃止です。それに関連して、作物差別をなくす。今はあるものをつくったら幾らと、国が勝手に、作物別に平均生産費を算出して赤字額を設定しています。それで、赤字を減らすために国が補助を出す。つまり農家は、マーケットやお客さんではなく、むしろその数字にコントロールされています。

政策提案としたのは、特定作物に対する優遇政策を撤廃する。減反政策を完全撤廃する。そして、農地価格を生産性に応じた形にする。今は、路線価が高く、それに合わせて国が収用します。だから、国の全体の政策は、資産家というか、地主優遇です。逆に付加価値政策を打ち出し、付加価値を上げる人にいい政策に変えたほうがいいのではないかと思うので、収用価格を下げるというものです。

金野:つまり農地は、農業の生産性という観点だけで価格を決めるということですね。

浅川:しかし、場所によっては、そもそも農地を売りたくても売れないという場合もあります。周りに農業をしたい人がいないとか、最近は、国道などの公共事業が減っているというのが原因で。それに農地だけ欲しいという人は実は余りいなくて、例えば田舎で別荘が欲しいと思ったら、農地だけよりも昔の納屋や蔵があったりしたほうがいいでしょう。

例えば、農作業場のようなものとセットが、1,000万円で販売され、日本中で100万軒くらい集まった情報がインターネットで見られたりしたら、購入してみようかと思いませんか。

●農家に対する優遇政策と負担をともに解消する

売る側もそうです。農地には農地法が適用されて、住宅地は普通に住宅です。ですが、売りたい人も両方セットで売りたいと考えるのです。リタイアした農家や不在地主の撤退促進策にするには、そこをオークション制にすればいい。

私が考える農業政策は基本的に優遇措置をなくすものだから、今より交付金がどんどん減っていきます。そういう意味では今、補助金比率が高い人は、収入が減っていくので、その人は付加価値を上げていかないといけないでしょう。

さらに、農家のバランスシートにおける問題があります。例えば、過去の土地改良費です。田んぼを拡大したり、水路を通したりする際の費用です。農家負担は5%ぐらいですが、もともとの総工費が500億円かかっていると25億円になります。農家が50軒しかないと、1軒当たり5000万円の負担となり、それを35年償還とすると、年間約150万円を返さなければならないのです。別に農家が望んだ農地改良ではなくても何兆円規模で残っています。それを1回帳消しにしなければいけないと考えています。

金野:そんなに大きな金額を農家は負担しているのですか。

浅川:もともとのインフラのコストは、トータルで30兆円ぐらいです。その5%か10%だとしても1.5兆円か3兆円でしょう。これらを1回帳消しにすると同時に補助金もなくすのです。つまり農家主体で事業計画を立て、判断し、それに公共性が高いのかどうかも踏まえ、最終的に基礎自治体か、県で判断するようにするのです。今はどちらかというと、国の直轄交付金と、建設族と農政族とが結びついており農業の話ではなくなっていますね。

金野:産業は何でもそうですが、つくり手の視点と消費者の視点というのがありますね。農業においても、つくり手の視点という意味では継続、競争力という側面があって、消費者の視点でいうと嗜好、安定供給というものがある。その辺の切り口でいうと、どうお考えですか。

浅川:そこは関与しないことです。競争力や消費者目線というと、そこにまた余計な介入が出てしまうわけです。例えば、遺伝子組みかえを表示しないといけないといったら、メーカーがもう表示できなくなり、表示したら売れなくなる。結局、消費者選択を奪ったことにもつながるのです。

●農業は地球最大の自然破壊

金野:それでは、農業における環境面についてはどのようにお考えですか。

浅川:基本は、農業は地球最大の自然破壊です。測定すればわかります。例えば家畜を飼うことによる二酸化炭素の排出。飛行機のジェットエンジンの二酸化炭素の量より、牛のゲップ量のほうが多いわけですし。

ある地域では、水田が保水機能を持っているとよく言われます。その場合は、その水系で見て、そこがダムとして機能を果たす場合の農業予算と、仮に小さいダムをつくった場合の費用とを、長期的に見た上で、維持費と実際の水害を防ぐ役割はどちらが高いかを正確に判断すればよいのです。水田が高いとなれば公共性を認め、農業予算ではなくて、ダム予算としてやればいい。それは農業問題と切り分けて正確に見るべきです。

常に日本全体に対しどうかという議論は何の意味もないと思います。ある地域では今のような議論が成り立つし、ある地域では別のダムをつくったほうが圧倒的にいいというように。農業は、自然破壊が前提となるのだから、農業で生活が成り立たないのであれば、山に返せばいい。植林をすればいいのです。個別の地域判断をすることが大切です。

もう1つあるのは、農業はその土地の伝統文化を担っているから、国が援助しないといけない、地方が援助しないといけないと言います。しかし、本当に成熟した社会であれば、そこで生きる人々が、助け合い、草取りをするなど、国が言わなくてもコミュニティで役割分担を果たすのが成熟した国民であり、市民社会です。

金野:では、農協についてはどのようにお考えでしょうか。

浅川:農協は極めて経済合理的な行動をしています。農協は農協法という別枠の法律があるから、そのゲームのルールにのっとってプレーしているだけです。

農協の収益先は国か、農民か、消費者の3つのうちの1つです。営業活動というと例えば、TPP反対運動を仕掛けて100億円の経費で霞が関を占拠しましたが、それによって政策で、TPP加入時か、もしくは加入する前に、お金を要求するという話です。

たとえ年間に50回、100回と反対集会などで100億円使ったとしても、それで1兆円おりてきたら、リターンとしては悪くないという議論を実際にしています。つまり、国という財布をあてにしているわけです。先ほど言った農水省は自給率をTPP反対という商品のために極めて有効に彼らは使っています。

●役割を終えた農水省を気象庁と一緒にすれば公共性が活かされる

小林:これからの農水省の役割というのは何だと思われますか。

浅川:農水省の役割というのが正直、今はないのではと思いますね。

金野:要らないということになりますか。

浅川:いや、農水省設置法の廃止というのを提言するために、一応、要る点を探しました。一旦廃止し、気象庁と合併するということで。生産も消費もしない農水省を廃止しても農家も消費者も何も困らない。唯一、公共性が高いのに検疫業務があります。経済植物・動物である農畜産物の生産・供給・輸出入に支障をきたす病害虫の蔓延を広域に防ぐためです。放射能汚染された農地や農産物の拡大を防ぐというミッションも含まれるでしょう。

その点、併合先としては、サイエンスに忠実で国民への情報伝達能力に優れる、気象庁がもっとも親和性が高い。そもそも病害虫の発生・伝播メカニズムと各種気象データの組み合わせは相性もいい。もっといえば、農業に有益な局地予報や長期予報、風速や日照時間、積算温度、地温など、栽培の基礎データの提供においても気象庁は優れています。公共事業として、全国の土壌調査や地力別マップ化などを加味してもいいでしょう。農業の基本インフラの把握や農地の適正売買、限られた資源の有効な流動化に資する。

検疫強化と気象動向、そして土壌把握は、将来の食料生産と環境保全のための最大の武器である。農水省自身、「わたしたち農林水産省は、生命を支える食と 安心して暮らせる環境を未来の子供たちのために継承していくことが使命」(農水省のビジョン・ステートメント)としていることからも、異論はないでしょう。

族議員が跋扈してきた農水省と異なり、気象庁は利権がなく、官庁の風土として政治色がないのも好ましい。

産業としての農業振興は中小企業庁に移管すればいい。地方の農政事務所で減反などのコメ関連業務は農地自由化五カ条の実施により、仕事自体がなくなる。

農水省所管の公的な研究機関は、ジーン・バンク(遺伝資源の保存)や海外向け認証制度など一部の公共性の高い任務を除き、すべて民営化できるはずです。

大事なのは競争環境の公平化

金野:農家人口の減少に関してですが、その内訳はどうなのでしょうか。

浅川:農業雇用人口はふえています。農業経営者人口は減って、雇用人口がふえているのです。農水省用語では農業労働力といいます。彼らは、農場で仕事をしたり、パッキングしたりしていますが、農業就労人口には含まれていません。今は、家でたまたま農地を持って生まれた人が、年間1日以上働けば、農業就労人口と呼ばれているのです。ですから、農業人口としては、農家生まれで現在予備校生という人も含まれており、農業を全くしていないけれども、世帯員であれば入っていることもあるのです。

先に自給率に対してフォーカスしてきましたが、実は農業統計を全部変えないといけないです。不正確というか、非常に恣意的、誘導的です。政府には内閣府の統計局、経産省の統計局、財務省の統計局など、いろいろありますが、全部の統計予算の7割ぐらいを農水省が使っていました。

●新政権は“農業バウチャー”制度の採用を

金野:新政権にどんな農政を望みますか。

浅川:1つだけ挙げるとすれば、農業バウチャーの導入です。

今回の選挙では農業政策がまったく争点になっていなかった。それもそのはず、どの党の政策も民主党の「農業者戸別所得補償制度」の焼き直しだからです。

もっとも改革的といわれる日本維新の会でさえ、「所得補償の適用対象を専業農家に限定」との主張。みんなの党でも「意欲的な農業従事者に対して『直接支払い制度』を導入」と、いずれも既存の制度を肯定しつつ、支給先を限定するといった程度です。

政権を奪還した自民党は「多様な担い手の経営全体を支える新たな『経営所得安定制度』の構築」というが、中身をみればほとんど自民党時代の農政への先祖がえりに過ぎません。

日本未来の党は「食料安全保障の観点からも食糧自給率50%を目指す」と民主党時代の小沢農政からまったく進歩がない。
民主党の政策はといえば既存の「所得補償制度を法制化」するのみ。

金野:所得補償は農家に支持されているのですか。

浅川:まったく逆です。各党、農業現場の声が聞こえていません。現制度を「評価しない」が66.9%で、評価する27.2%を大きく突き放しています。私が副編集長を務める『農業経営者』読者アンケート(2012年11月号)で明らかになりました。民主・自民等が票田とする業界団体、農協の組合長向けの調査でさえ、「評価している」は20%にすぎない(日本農業新聞調べ)。

とはいえ、農業界側も既存政策に反対するばかりで、各政党に建設的な提言をほとんどしていないのが現状です。

金野:そこで提言されたいのが農業バウチャーということですね。

浅川:そうです。各国の教育に革新をもたらしている“教育バウチャー”の農業版です。

教育バウチャーとは学費に用途を限定したバウチャー、いわゆる「クーポン券」を子供や保護者に直接支給する仕組み。これは、低所得層の教育負担を減らすだけでなく、学校選択の幅を広げる目的がある。そして、学校側は利用者に選ばれようと切磋琢磨をすることで、国民の教育の質全体を引き上げようという競争政策ですね。これを農業界に適用するとこうなります。

農業バウチャー(農場利用クーポン)を農業者ではなく、最終ユーザーである国民に配布する。農場から直接、農産物を買ったり、農場を訪問したりして農業体験をする利用料に使えるわけです。

目的は明確です。農業政策を供給者の論理から、利用者の論理への転換がポイントです。するとどうなるか。

農場間でクーポンの争奪戦がはじまる。よりよい農産物やサービスを提供し、ユーザーに選ばれようと農業者同士が切磋琢磨するということです。まさに農業振興です。

経営努力で顧客を増やしていけば、仮に将来、クーポン制度がなくなっても自助努力で経営を成り立たせていけるし。これまで補助金がもらえるからと、食糧自給率政策という中央集権・供給者側の論理で、農水省に言われるがままの農作物を作っていた農家にも大きな変化が起きる政策です。

金野:補助金が減るとたいへんではないですか。

浅川:たしかに、補助金依存の農場はゼロになってはたいへんだと最初は大慌てかもしれない。しかし、何をどう作ればいいか、思考が動きはじめる。そして、どう売ればいいか顧客志向で考え、実行に移すようになる。小さな実績からでも積み重ねながら、自立の道を歩む契機となるでしょう。

TPP参加があろうがなかろうが、マーケットの要望にこたえる農場にしか未来はありません。

農業バウチャーによる副次効果も大きい。都市部から農地への移動、地域内での移動や消費活動が増し、地域経済への乗数効果も高いと予想できます。

農業問題の根幹にあるのは、食糧自給率の低さではありません。むしろ、減反政策に代表されるように、生産性向上による供給過剰と価格低下、マクロには少子高齢化による“国民の胃袋総量の減退”にこそあります。

金野:具体的にどんな変化がおきますか。

浅川: 一例として、私が「日本農業成長8策」の1策に挙げている、農家への国民の期待が高い民間版市民農園が促進されるでしょう。現在、市町村が運営する市民農園は多くが募集定員オーバーで、順番待ちの状態が続いています。土いじり志向の強い団塊の世代に加え、OLや小さな子ども連れの利用者が急増しているのです。癒しや食育、食の安全がクローズアップされ、農業体験、貸農園といった非農家による「農業消費」のマーケット拡大の伸びしろは大きい。農業バウチャー制度導入を契機に、農家だけが持つ栽培ノウハウを広く国民に解放することで、農家は自立でき、利用者も楽しめる。

その意味では、農業バウチャー政策は、かつての胃袋を満たすだけのモノづくり農業から、農業のサービス産業化への転換点ともなりえます。

金野:なるほど。サービスを競う農業が登場するわけですね。

浅川:ユーザーにとっては、農産物や農場サービスの選択の幅が広がり、国民全体の農業への理解も深まるでしょう。

結果として、農場経営の多様化、質の向上につながっていきます。ユーザーに支持される農場が増えることで、若い人が働きたいと思う職種として、農場も選択肢に入る一因にもなりえるでしょう。

これまでの農業政策とはまったく反対です。農業を保護する名目で、地方自治体や中間団体である農協、事業者である農業者に税金がばらまかれていた。用途制限がなく、何に使われるかわからない。民主党は所得補償によって「農家1戸当たりの農業所得が7年ぶりに上がった」と自負するが当然だ。支給された約6000億円の税金が農家の所得に移転しただけです。

それで農業の経営がよくなったとか、国民の農業界への支持が高まったなどの話は聞いたことがない。所得保障はそもそも、農業の赤字を補てんする制度。農業全体の赤字が増えれば支給額も増える仕組みだ。赤字化を促進する政策で、農業に展望が開けるはずがありません。

金野:政権交代前の自民党政権時代はどうでしたか。

浅川:自民党政権からコメの減反対策も含めれば、こうした補助金に累計で8兆円が支給されてきました。

その額に対して、納税者は政府から納得できる説明を受けたことがかつてあったでしょうか。

90年代には「国際化のための農業構造改善策」 と称された、WTOウルグアイラウンド対策費で6兆100億円が費やされたが、どう農業が改善されたのか筆者が尋ねて、説明できた政治家は皆無といっていい。

金野:自民党が政権を奪還しましたがその後どうなりますか。

浅川:しばらくして、TPP交渉参加が決定すれば、今度はTPP農業対策費が「何兆円必要か」が焦点になるでしょう。現状の農協によるTPP反対運動は、その条件闘争の一貫です。

民主党が下野し、再び自民党政権になりましたが、不毛な農政の歴史が繰り返される気がしてなりません。

金野:農業バウチャーもバラマキの感じがしますが。

浅川:ちがいます。使う・使わないは利用者の選択の自由であり、受け取る・受け取らないも農業者の選択の自由です。

クーポン欲しさに努力したくないという農場があれば、もらえないだけ。だから、クーポンの受け入れ農場の対象としては、規模の大小や経営体が家族か企業かなどの制限をかける必要はありません。

主要政党はいずれも、ニュアンスの違いはあれ、「農業の成長産業化」を謳っています。そのため、政策の力点を「就農促進」(民主)、「農業の企業化」(維新)、「株式会社の新規参入」(みんな)といった、政治家があるべき農業の姿を勝手に規定するターゲティング政策を採用していますが、とんだ見当違いです。

政治がすべきは農業バウチャーを国民に配布するシンプルな方向性を示し、行政への制度設計の指示とその実現実行だけでよい。実際、各農場がどんな経営形態をとるか、誰を雇用するか、どんな商品・サービスを提供するかこそが、農業界の経営者の腕の見せ所。政治家があれこれ指示するなど、おこがましいのです。

 

日経ビジネスONLINEより転載